砲丸投げ・ハンマー投げ・やり投げ・円盤投げなど投てき種目を扱う通販ショップ「ろくせん」のスタッフブログです。


by garana-ga
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森千夏さん特集 続き

しかし、アテネ五輪代表決定の直後から
体調に異変を感じ始め、満足な練習がで
きないまま五輪本番をむかえ、あえなく予選落ちとなる。


帰国後入院し、膀胱炎と診断された。

一時は練習を再開したものの、
極度の体調不良により入退院を繰り返す。


検査の結果、かなり重篤な症状であることが判明。

2005年夏、開腹手術に踏み切ったが、
悪性の腫瘍が取り除けなかった。


2005年はまったく試合出場ができなかったため、
2006年3月をもってスズキとの契約は解消された。


病名の公表は控えてきたが、2006年4月、
虫垂がんに冒されていることを公表。

虫垂がんは非常に症例が少なく、
森の希望した治療が保険適用外のため、
莫大な治療費が必要となった。


そのため母校の東京高校や
日本陸上競技連盟などが募金活動に乗り出し、
選手仲間の池田や為末大、親交のあった
阪神タイガースの下柳剛投手らも大会等で
支援を呼びかけるなど、支援の輪が広がった。


しかし、2006年8月9日午前10時36分、
東京都内の病院で虫垂がんで死去。

26歳の若さだった。森の夭折は、
陸上競技界のみならずスポーツ界全体に大きな衝撃を与えた。


8月11日に通夜が営まれ、池田、
為末らが涙ながらに弔辞を読み上げ、
参列者の涙を誘った。

12日には葬儀が営まれ、室伏広治、
醍醐直幸ら1500人もの人が参列した。


特に、森と同じスズキ所属で親友だった
池田は「久美ちゃん泣かないでね、って言っていそうだね。
でも、森ちゃんがいないから寂しいよ...北京五輪では、
私と森ちゃんの2人でメダルを取る約束をしたよね。
私が絶対に北京でメダルを取って、森ちゃんの墓前に
報告出来るよう頑張るから。」と泣き崩れながら弔辞を読み上げた。
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by garana-ga | 2007-01-27 18:47 | 砲丸投げ